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東アジアVLBI観測網を用いて星形成過程における「星の材料」の運動計測を開始!

2014年7月30日

宇宙科学教育研究センター

星が生まれる際の、星の材料(星間ガス)の3次元運動の計測を、東アジアVLBI観測網(注1)を用いて開始しました。

 

本研究の背景:

本研究では、特に太陽の8倍程度より重い星(大質量星)を対象としています。大質量星は、太陽程度の質量の星(小質量星)の100分の1程度の個数しか存在しません。しかしながら、その莫大な放射(注2)や、大質量星の一生の最期に生じる超新星爆発によって、次世代の星の形成に大きく寄与することから、その重要性が広く知られています。

小質量星は、周囲のガスや塵が、星の赤ちゃんである「原始星」に降り積もること(降着)で生まれることが良く知られています。一方で大質量星は、放射エネルギーが大き過ぎるため、小質量星と同様なガスの降着で形成されるのかどうかは、星形成の研究分野における未解決の問題となっていました。

ここ10年ほどの間に、主に電波や赤外線などを用いた観測によって、大質量原始星の周囲にガスの回転円盤が存在していることが明らかになってきました。この回転円盤を通じて、原始星にガスが降り積もることで、大質量星が形成されると考えられてきています。しかし、ガスの降着現象や、円盤自身の回転運動を、直接捉えた観測はありませんでした。

大質量原始星周囲のガスや塵の運動をより精密に議論するためには、天球面における2次元の速度情報である「固有運動」を計測し、視線方向の速度情報と組み合わせることで、3次元の速度情報を取得する必要があります。これにより、ガスが大質量星の周囲に存在すると考えられている円盤上で回転運動を示しているかどうか、あるいは、中心の原始星へ降着運動を示しているかどうかを、直接捉えることが可能となります。

円盤上における回転・降着運動の速度は、数km/s程度と非常に小さい事が予測されています。この値は、1年間の移動量に換算すると、わずか1ミリ秒角(注3)、もしくはそれより小さい値となります。このような、非常に小さな運動を計測出来るのは、数ミリ秒角の空間的な解像度を達成し、数10マイクロ秒角の高精度な位置の情報を提供可能なVLBI観測のみです。

 

本研究の結果:

私たちは、東アジアVLBI観測網「EAVN」を用いて、2010年8月から大規模な固有運動計測プロジェクトを開始しました。本プロジェクトでは、大質量星の形成過程に対する標準的な知見を得るために、36天体という多数の大質量星形成領域を観測対象としています。本プロジェクトでは、大質量原始星周囲に存在する回転円盤上からの放射であると予想されている「メタノールメーザー」と呼ばれる非常に明るい電波を観測します。メタノールメーザーは、様々な周波数で電波を出していますが、6.7 GHz帯で最も明るい電波が観測されます。

この 6.7 GHz 帯のメタノールメーザーが放つ電波を約1年間隔で複数回VLBI観測することにより、ガスの3次元速度情報を取得します。大質量星が形成される過程において、ガスの回転や降着が実際に生じているのかどうかを直接明らかにすることを最終目的としています。

今回は、本プロジェクトの第1弾として、2010年8月および2011年10—11月のVLBI観測で取得に成功した、メタノールメーザーの空間的な分布を公開しました。35天体における分布の取得に成功し、その内33天体は今回初めて空間分布が明らかになりました。これらの空間分布を、過去の研究における分類方法に従って、楕円・円弧・直線・ペア・コンプレックスという5種類に分類しました。中でも、円盤を上/斜め/真横から見ていると解釈可能な楕円/円弧/直線形状を示す天体は、回転円盤の存在を示す有力候補として注目されます。今回の観測により、大部分の天体において、100マイクロ秒角、もしくはそれよりも良い位置精度を達成できることが分かりました。この事は、本プロジェクトの最終目標である固有運動の計測が実現可能である事を、強く示唆する重要な結果となりました。現在は、2013年9月までに得られた3回分のVLBIデータの解析を進めています。いくつかの天体で、円盤上におけるガスの回転運動が検出されつつあります。第2、第3の続報にご期待ください!

 

【参考資料】

Fujisawa, K., Sugiyama, K., Motogi, K., Hachisuka, K., Yonekura, Y., and 24 co-authors, 『Observation of the 6.7 GHz methanol masers with East-Asian VLBI Network. I. VLBI images of the first epoch of observations』,

日本天文学会欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan),

第66巻2号(2014年4月),論文番号31

電子版:

http://pasj.oxfordjournals.org/content/66/2/31.abstract

 

【報告者】杉山 孝一郎(茨城大学宇宙科学教育研究センター補助金研究員 [博士研究員])

 

【著作権】

K. Fujisawa (山口大学/国立天文台)

Y. Yonekura (茨城大学/国立天文台)

K. Sugiyama (茨城大学)

 

【関連するページ】

国立天文台 研究ハイライト

http://veraserver.mtk.nao.ac.jp/hilight/2014_fujisawa.html

 

(注1)東アジア VLBI 観測網(East-Asian VLBI Network [EAVN])

 日本、中国、韓国の電波望遠鏡によって構成される観測網です。遠く離れた複数の電波望遠鏡が、同じ天体を同時観測する事により、非常に細かい構造を見分ける事ができます。国立天文台が所有し、茨城大学宇宙科学教育研究センターが運用する日立32メートル電波望遠鏡も参加しています。

 今回の研究では、国立天文台の VERA 20 メートル電波望遠鏡(4台)、国立天文台が所有し山口大学が運用する山口32メートル電波望遠鏡、宇宙航空研究開発機構臼田64メートル電波望遠鏡、中国の上海天文台25メートル電波望遠鏡、および日立32メートル電波望遠鏡が観測に参加しました。

 

(注2)大質量星の放射

 大質量星の放射エネルギーは、太陽程度の質量の星の放射エネルギーの10-100倍以上であるとともに、紫外線放射が特に強いという特徴を持っています。そのため、星の周辺のガスへの影響力が桁違いに大きいです。特に、中性のガスを電離して、電離領域 [HII領域] を形成する事は、大質量星にしかできません。

 

(注3)1ミリ秒角

角度の単位。「1ミリ秒角の角度分解能」は、視力 60,000 に相当し、大阪に置いた1円玉(直径2センチ)を東京から見分ける事ができます(東京—大阪の直線距離は約 400 km)。